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 その1.岩手県釜石市にて津波により海水に浸かってしまったピアノの状況例です。N様ご協力たいへん感謝しております。


YAMAHA グラントンドピアノ C3XA 2010年製
(写真が90度曲がっているわけではなくて、ピアノが転がっている状態です・・・)

震災約1ヵ月後に下記のメールが届きまして、実際にピアノを拝見させていただく運びとなりました。。








  左記写真は、メールの添付でN様より頂いたものですが、、、機転を利かせてご自身でアクションと鍵盤を外し、陰干ししている様子です。




 

























左記写真はN様よりご相談くださった時にメールの添付により頂いたもので、パッと見た感じは以外と綺麗です。メール内にある様にN様は震災2週間後に、なんとご自分でピアノの鍵盤やアクションを外して水洗い及び陰干しをしました。この好判断が功を奏して、各部品類の寿命を延ばす事に繋がりました。
この諦めない気持ちとこの行動力は我々技術者も見習うべき事だと思います。


鍵盤が少々でこぼこになっておりますが、高さ調整の紙が抜けただけと考えられます。









木部とクロス(繊維)の接着部に剥がれがある様です。











































ダンパーフェルト部分ですが、たっぷりと海水を吸った物と思われます。









交叉弦部分ですが、洗うのに難しいヶ所です。








駒の上面部で響板や外装部分と違い塗装されていない為、やはり海水を吸ってしまっているはずです。








グランドピアノ脚部は、そもそもの接ぎ口の表面に薄っすらとヒビが入るのはそう珍しくありませんが、この写真の亀裂はそうでなく、木部その物に入っています。この割れ方は単純に水分により開いただけではなく、ピアノが津波によりひっくり返った時に、左右又は前後方向から力が加わったのではないかとと考えられます。


















親板上面部で譜面台レールとの接合部の隙間から入った海水が木部の亀裂を生じさせてしまいました。この写真だとその部分は見えませんが、この合わせ部分はまったく塗装はされていないヶ所です。






屋根を開ける時に使うつき上棒ですが、支点となる根元に金属のシャフトがあり、やはりその部分は塗装されていませんので水の染み込みが多い様で、根元に近くなるにつれ塗装面のヒビ割れも多くなっています。
 


















 上記のメールと電話のやりとりの後に、当社3名により1日だけですが池袋駅より夜行バスを使い、ゴールデンウィーク中に訪問させていただきました。N様の住宅街は海岸より800mほど離れているとの事でしたが、震災後2ヶ月近くたった時点でもまだまだ生活できる状況には程遠い印象で、被災地に初めて足を運んだ我々はただ驚くばかりでした。

アクション、鍵盤、外装、チューニングピン、弦、フレーム、響板、ペダル、脚部とまじまじと見させて頂きまして、全く問題の無さそうなヶ所と予想通り(以上?)のダメージのヶ所とありました。



●使用可能であろうと思われる箇所●
・外装関係で塗装にて覆われている屋根や譜面台、本体及び鍵盤ぶたなど
・金属フレーム
・アルミ製アクションレール及びブラケット
・支柱、棚板
・響板関係



●既に使用不可能、又は寿命が期待出来ない部分●
・低音弦の全て、ボン線と言い本来の音とはかけ離れていました
・芯線の全て、錆の進行により断線の可能性が強い
 ・ハンマーヘッド、ダンパーフェルト



●経過(様子)を見ている部分●
・アクション全体
・ダンパーアクション全体
・ペダル関係
・駒及び駒ピン
・チューニングピン板



●我々3人が1日(正味10時間)で出来えた作業●
・アクション部品関係の接着
・ハンマー整形
・アクションのネジレを修正
・アクションの間接部分(センターピン)へ潤滑油(錆止め)の塗布
・鍵盤のクロス(繊維)関係の接着
・ダンパーフェルトの部分貼替
・鍵盤、アクション、ペダルのトータル調整
・調律
・脚部の亀裂が進まない様に木ネジ留め




























☆理想的な修理としては、不安の残る部品は何でも交換してしまえば良いのは分かっていますが、最低限に直す様に考えている為、現在は錆の進行と塩害の様子見と言った所で、もし駒の貼替とチューニングピン板の交換をしないで済む事となれば、ピアノ本体を運びださなくても直せる可能性が出てきます。
尚、N様とは時々連絡を取り合ってピアノの調子を伺っていますが、今の所全て音が出ているのと断線も全く無い状態です。
又、11月中にN様宅へピアノの具合を見に行く予定にしております。





 




11月23日に釜石駅朝着の夜行バスにて行ってきました。気温は横浜と大差なく過ごしやすいものでした。










半年ぶりにN様と逢い、まだ津波の爪痕の残る海岸付近を案内して頂きまして、震災後の状態で残っている建物がまだまだ多数ある状態でした。
  ピアノを見た印象としては、以前より極端に状態が悪化している感じではありませんでした。調律が狂って来ているのはありますが以前に行った調整はほとんど保っている物で、接着関係のはがれと間接部分の周動不良なども起きていませんでした。


 




木部に入り込んでいるネジ類などの金属部品のチェックです。









真鍮部品の関係は大丈夫の様です。










駒ピンを抜いて見た所、錆びてはいません。
  肝心なチューニングピン部分です。抜く際は時計と逆側に回しますが異状に硬い物でした。ところが、30度程回すとその先は一気に緩くなる物で、残念ながらピンの錆がチューニングピンホールの木部に食い込んでしまっている事を想像するのに十分な感触でした。
抜き取ったところ、やはり写真の状態の様に錆の侵蝕がかなり進んでしまっていました。これは、塩分がチューニングピン板のホールに十分に浸透している事を意味し、このままだと近い将来、調律が不可能となります。単純にチューニングピンだけ入替しても、1年もすれば同様な結果となってしまうと考えられます。
次の手段としては、ホール内の塩分と付着した錆を少しでも取り除く為に、太めのドリルの歯を通して木部を一皮剥いた後に新しいピンと入替える方法で、もし上手くいけば現状のピン板が使用可能となるのでは・・と僅かな望みがあります。でも、もしやるなら錆が進んでいるので数ヶ月の内にはやらないと出来なくなってしまいます。今回の一番重大な問題でした。














 
写真の作業は今後の見通しを立てる為に行い、今回来た目的のひとつです。
駒の上面(弦との接触部分)を水洗いして、塩分が少しでも抜け、新たに張った弦に錆が発生しなければ駒の貼替なしで行ける事となります。七ヶ浜町のピアノでこの方法と弦に錆止めの油を塗った事で、錆の進行を遅らせられる事が分かっていますので、N様のピアノでも試してみる事にしました。
N様と今後連絡を取り合い様子を見ます。
錆びてないと良いのですが・・・











ブラシに水を付けてしつこく洗っていきます。









7鍵分弦を貼替しますが、3鍵分にヒタゾールを塗ってみました。







ドライヤーにて即座に乾かします。










駒ピン自体も一度綺麗にしておきます。






 
ドライヤーにて乾かした後、水分計で見た所10%以下でした。





新しい弦を張って錆止めを塗ります。
 
折角来たので、短期間でも良い音に!と思い、調律をしました。低音弦が調律中に切れるとスペアがない為、中高音を低音域とバランスが取れる様にして低音弦は触らずに行いました。
 
今回は上記の様に、チューニングピン板が吸った塩分で問題が起きている事が分かりました。駒の方も使用可能なのか?と、七ヶ浜町から引き上げて直しているピアノとも照らし合わせて、今後の作業方針を決めていきます。

N様ご家族との記念写真です。
夜ごはんも頂きましてありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
   
 



2012年 3月
宮城県七ヶ浜町にて被災した方のグランドピアノの後期修理が始まり、再点検したところ(1012年2月〜)新品のチューニングピンに錆が半年でかなり進んでしまった残念な経過をN様にも連絡し、もしピアノを直す場合はピン板その物の交換が必須な事を説明さぜるを得ませんでした。
尚、この事により出張にての修理と言うのは望みが断たれてしまいました。

左の2枚の写真は、11年11月に伺った時に試しに弦を張っておいた高音部分で、4ヶ月過ぎて錆が再発していないか、N様より送っていただいた物です(2012年3月20日)。この時点では以外と錆びていない様にも思えますが、もうしばらく様子を見てみる事とし、もし現状の駒が使用可能となれば、修復の手間がかなり削減できる事となります。

 
2012年 6月
その後ピアノの状況を下記の様に聞いてみました。

『調律その物はかなり狂ってきてるとは思いますがその後ピアノの方は現在使用されていますか?
弦が切れ始めてきたりしていませんか?その他不都合は有りませんでしょうか?高音部分の後から張った弦は錆びが発生していませんか?』

やはり調律は狂って来ていますが、切れた弦もなく鍵盤の動きも良いとの返事を頂きました。
この時点では送って頂いた画像の様に、新たに張り替えした弦に錆があまり発生していないとの事で(特に黒鉛を塗った部分)、駒が使用できるのでは?と望みを持つ物でした。
   
  2012年 8月8日
N様とは幾度となく連絡を取り合っていますが、月日が経つにつれ塩害を押え込むのが難しい事が分かってきました。画像はやはりN様に送って頂いた物ですが、弦が錆び始めていました。
















 
2012年 8月23日
現物を最終確認したい為に再びN様宅へお邪魔する事としました。
久しぶりに釜石に行きましたが、以前とそう大きく変わった印象はなく、まだまだ建物の撤去作業が続いていまして、復興と言ってもまだまだ色々な問題が山積みとの話をN様より伺いました。

今回は直す訳ではなく、今後長期に渡り使用可能にする為に、どの部分まで修理及び部品交換が必要なのか?を今までの経緯と七ヶ浜の方の直したピアノの経験とを含めて考えながら点検を進めます。

実際にピアノを見ると以前に行った調整が保っていて、メールにて伺っていた通り鍵盤及びアクションの動きはとてもスムーズな物で、もしこのピアノを何の事情も知らない方が弾いた時に、音は別として鍵盤タッチ感触により被災した物と分かる事は無であろうと思う状態でした。
音の方としては、同じYAMAHA C3XAの調律を時々横浜で頼まれていますが、それと比べると音色がかなり違ってしまっています。しかし、これはこれでそう悪くはなく(中高音)、現状若しくはハンマーフェルトを硬化剤にて少々固めれば音的には十分使用可能とも思える物でした。ところが、ハンマーフェルトの先端に付く弦跡に錆が付いています。昨年5月にフェルトの表面を削って錆は取ってあり、その後に再び錆が付いてしまっていました。N様は被災後ハンマーフェルトにも水を沢山かけて絞ってくださったとの事でした。その為に錆の進みも僅かだったんであろうと思われますが、全て塩分が抜ける訳ではありませんので少しずつ錆が発生してしまった物と思われます。

8月8日に頂いたメールにて、弦が錆び始めている事は分っていましたが、一応どの部分から錆び始めて来ているのか?確認する為に弦を取り外してみます。写真でわかる様に、駒に黒鉛(ヒダゾール)を塗っておいた方は錆が本当に僅かで、弦の駒に接触している側もかなり綺麗な状態ではありました。が、しかし駒に植っているコマピンとの接触部分に錆が出てしまっていました。
このピンの際から塩分が気化していると考えられ、また他の部分でも駒と接触していないにも関わらず錆びて来ている所もあり、やはり木部が呼吸していてそれに塩分が含まれているのではないか?と思われる物でした。以前よりこの部分の塩分を押さえる為に洗う、塗る、貼る、挟むなど思案し2011年11月に駒及び駒ピンの洗浄と表面にヒタゾール(黒鉛)を塗るといった事を試してみましたが、年単位で寿命を延ばすにはこの方法としては断念する物で、七ヶ浜のピアノ同様に駒の貼替が唯一の手立てと痛感するものでした。

上記の状況を踏まえて工房に戻り、最終的な修理見積りを出す事とします。

   







上記が実際に、弊社がN様に提示した修理見積書です。
思案の結果、七ヶ浜町の修理したピアノとほぼ同様のメニューとなってしまいました。

一度100%海水に水没した点では同条件であり、想定はしていましたが、「現地にて消耗部品のみの修理で何とかならないだろうか」という期待もあった為、被災後1年半近く塩害の経過を見てきましたが、このような最終判断となりました。

今回は特殊なケース(震災)であり、弊社がN様およびこのピアノから学んだ事は多かった為、修理費用は特別に算出したものです。それでも、脚の交換と運送料を除いて70万円を超える見積り金額になってしまいました。

その結果、数日後にN様より下記のお返事をいただきました。



上記の判断をN様ご家族がされまして、大掛かりな修理をすることにはなりませんでしたが、これまでピアノを拝見させていただいたり、状況をお知らせいただくなど、たいへんご協力していただき、弊社も多くのことを学ぶ事ができました。誠に感謝しております。

またいつか機会がありましたら、お伺いしたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
本当にありがとうございました。

(有)クラビアハウス   代表 松木一高




        

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